技術情報
2026.10.16
Part1・Part2では、ISO Class 8クリーンルームを対象に、5µm以上のマクロ粒子について「表面堆積」と「機械換気」の寄与率を算出する手法とその結果を紹介しました。Part3では、Whyte氏とAgricola氏がこの分析をISO Class 6〜9の各清浄度クラス、およびEU GMPのGrade B/C/DクリーンルームにおけるMCP(微生物保有粒子)にまで拡張した結果を紹介します。
著者らは、清浄度クラスが上がる(空気がより清浄になる)につれて換気の寄与が単純に増えるわけではなく、堆積の寄与率は概ね一定の範囲(粒子で11〜37%、MCPで8〜26%)にとどまるという、やや意外な結果を報告しています。
直感的には「よりクリーンな部屋=換気量が多い部屋」なので、堆積より換気の寄与が大きくなりそうに思えます。しかし著者らは、Hamberg らの既存研究を引用し、清浄度が高いクリーンルームほど、粒子の堆積速度(Particle Deposition Rate: PDR)自体も高くなる傾向があると指摘しています。つまり「換気量が増える効果」と「堆積速度が上がる効果」が互いに打ち消し合い、結果として堆積の寄与率は清浄度クラスによって大きくは変動しないというのが著者らの分析です。
論文では、天井高2.7mを前提に、各ISOクラスで典型的とされる換気回数の範囲を用いて、次の計算結果が報告されています。
| ISO Class | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 5µm以上粒子のクラス限度値(個/m³) | 293 | 2,930 | 29,300 | 293,000 |
| 典型的な換気回数(回/時) | 30〜70 | 20〜40 | 5〜15 | 5 |
| 表面堆積による除去割合(%) | 11〜22 | 11〜20 | 16〜37 | 26 |
著者らによれば、いずれのクラスも堆積の寄与率はおおむね11%〜37%のレンジに収まっており、ISO Class 8で得られた知見(0.3%〜98%という粒子径依存の傾向)は、他のクラスにもおおむね適用できると結論づけられています。
MCPは平均等価空気力学径が約12µmとされ、皮膚や衣服由来のデトリタス(脱落物・発塵物)に付着した形で浮遊していると論文は説明しています。本研究で参照されているEU GMPのGrade B・C・Dクリーンルームを対象に、想定される典型的な換気回数レンジを用いて算出された結果として、著者らは以下の数値を報告しています。
| EU GMPグレード | 対応ISO Class(稼働時) | MCP濃度上限(個/m³) | 典型的な換気回数(回/時) | 表面堆積による除去割合(%) |
| Grade B | 7 | 10 | 30〜100 | 9〜24 |
| Grade C | 8 | 100 | 20〜50 | 8〜18 |
| Grade D | 未規定 | 200 | 10〜30 | 10〜26 |
粒子と同様、著者らはMCPについてもグレード間で堆積割合に大きな差は見られないと述べています。
なお、ここで参照されているEU GMPのグレード分類は本研究時点のものであり、その後のガイドライン改訂により、詳細な定義が更新されている可能性がある点にはご留意ください。次のセクションで、この点に関する最新の動向を補足します。
ここまで紹介してきたWhyte氏・Agricola氏の研究は、EU GMPの旧版のグレード分類を前提としたものですが、その後2022年に改訂され2023年8月25日に施行されたEU GMP Annex 1(無菌医薬品製造)では、5µm以上のマクロ粒子の扱いについて注目すべき整理がなされています。
複数の業界解説記事によれば、改訂されたAnnex 1ではGrade Aにおける5µm以上粒子の限度値が、旧版の20個/m³からISO 14644-1の値に合わせて29個/m³に変更されました。あわせて、Grade A(静止時・稼働時とも)およびGrade B(静止時)については、5µm以上粒子の「クラス分類(Classification)」上の限度値そのものが表から外されています。ただし、これは分類基準として使わなくなったという意味であり、「モニタリング(継続監視)」における5µm以上粒子の計数要件は引き続き維持されているとされています。
GMPコンプライアンス専門メディアであるECA Academy(gmp-compliance.org)の解説記事は、この整理の背景について、ISO 14644シリーズの立場として、グレードAで29個/m³という5µm以上粒子の低い基準値は測定上のノイズの影響を受けやすく統計的信頼性に乏しいため、科学的・リスクベースの観点からクラス分類の基準には適さないという考え方があると紹介しています。Annex 1はこの考え方を分類の面では踏襲しつつ、モニタリングでは引き続き5µm以上の粒子計数を要件として維持したと解説されています。
その理由として、同記事はAnnex 1の趣旨を次のように説明しています。グレードA環境で散発的に検出されるマクロ粒子カウントは、電気的ノイズや迷光、コインシデンスロス(複数の粒子が同時にセンサーを通過し、実際より大きな1個の粒子として誤ってカウントされる現象)など、測定上の誤検出である可能性がある一方、低いレベルであっても連続的・定期的に検出される場合は、汚染事象の兆候である可能性があるため調査すべきだとされています。具体的には、こうした継続的な検出が、給気フィルターシステムの初期故障や設備の不具合、あるいは装置のセットアップや日常運用における不適切な作業実践を示唆し得ると説明されています。 つまり、GMPの現行規制自体が「クラス分類の基準にはならないが、汚染の予兆を捉えるモニタリング指標としては5µm以上の粗大粒子が重要である」という立場を明確に打ち出していることになります。この点は、Whyte氏・Agricola氏の研究が強調する「粗大粒子・MCPは換気だけでなく表面堆積という経路でも動いており、その挙動を注視する必要がある」という主張と、方向性として一致しています。
論文全体を通じて著者らが強調しているのは、「クリーンルームの汚染管理は換気だけでは完結しない」という点です。著者らが挙げている実務的な示唆としては、次のような内容がコンタミネーションコントロールに携わる立場として押さえておく価値があると考えられます。
なお、ここまで紹介してきた計算の背景にある数式は、いずれも比較的シンプルな考え方に基づいています。「等価仮想換気回数」は、沈降速度を天井高で割り、単位を時間あたりに換算することで、堆積という現象を「見かけ上、何回/時で空気が入れ替わったのと同じ効果か」という数値に変換したものです。また「減衰時間」は、粒子濃度が時間とともに指数関数的に減っていくというシンプルな物理法則(半減期の考え方に近いもの)を、堆積のみが働く場合と換気のみが働く場合のそれぞれについて解き、濃度が10分の1(90%減)になるまでの時間を比較するというものです。PDR(粒子堆積速度)についても、「単位面積・単位時間あたりに沈着する粒子数」を「空気中の粒子濃度」と「沈降速度」の掛け算として捉える、比較的直感的な関係式が使われています。
これらはあくまで各数式が表す考え方の要旨であり、正確な係数や記号を伴う数式そのものは元論文では図版(画像)として掲載されており、本記事のテキスト抽出では再現できていません。厳密な導出過程が必要な場合は、原著論文、またはより体系的な解説であるHinds著『Aerosol Technology』(参考文献4)をご参照ください。
ここまで紹介してきた研究は、あくまでISO 14644シリーズが対象とする「インダストリアルクリーンルーム」における粒子・MCPの挙動分析です。一方、医薬品や食品といった業界で使用される「バイオロジカルクリーンルーム」の汚染制御は、現状ではGMP(Good Manufacturing Practice)を主体に運用されているのが実情です。
ここで紹介したISO 14644シリーズに基づく粒子挙動の考え方は、バイオロジカルクリーンルームで発生しうる汚染に対しても、一つの予防的な概念・アプローチとして応用できる可能性があると筆者は考えています。
実務上の一つの観察として、製薬系の一部工程では作業者が製造プロセスに深く関与し、資材やツールがクリーンルーム内外へ頻繁に持ち込み・持ち出しされているケースも見受けられます。少なくとも粒子汚染という観点に限れば、こうした運用は必ずしも望ましいとは言えない場合があるというのが、筆者の実務上の印象です。
将来的にGMPの改訂が進み、粒子汚染に関する考え方がより明確に統合されることを期待したいところです。少なくとも、クリーンルーム内に持ち込まれる粒子や、室内で発生(発塵)した物質を起点とした微生物汚染を未然に防ぐアプローチとして、ISO 14644シリーズの枠組みが活用される流れが進むことを、一つの業界動向として注視していきたいと考えています。
実際、前セクションで紹介した通り、EU GMP Annex 1(2022年版)自体が、5µm以上の粗大粒子のモニタリングを汚染の予兆を捉える重要な指標として明確に位置づけています。クラス分類には使わないが、モニタリングでは重視するというこの整理は、ISO 14644シリーズが積み重ねてきた粗大粒子・堆積の知見が、GMP側の実務にも既に一部浸透し始めていることを示しているとも読み取れます。この流れが今後さらに進み、粗大粒子の観点からの汚染管理がバイオロジカルクリーンルームの現場にも広く根付いていくことを期待したいと思います。
インテクノスでは、クリーンルーム運用における異物課題解決を幅広くサポートさせていただけます。ご関心をいただけましたらこちらからお気軽にご相談ください。
CRSビジネスユニット 三井 晃希
(本セクションは、紹介した研究そのものの結論ではなく、筆者個人の実務経験に基づく見解です。)


Manufacture of Sterile Products – Annex 1: Particle Counting Considerations. Life Science Solutions. Available at: https://www.lifesciencesolutions.it/en/manufacture-of-sterile-products-annex-1-particle-counting-considerations/


