技術情報
2026.10.23
クリーンルームでは、「走らない」「急な動作を避ける」「できるだけゆっくり作業する」と教育されることがあります。
しかし、なぜ動作を遅くする必要があるのでしょうか。また、動きが速くなると、発塵量や清浄度への影響はどの程度変わるのでしょうか。
クリーンルーム内で人が動いたときに起こるのは、人体や衣服からの発塵だけではありません。床や衣服に付着していた粒子の再飛散、周辺気流の乱れ、隣接区域からの粒子の持込みなど、複数の現象が同時に発生します。
そのため、動作速度の影響を考えるときは、単純な「粒子の発生量」ではなく、「粒子の発生・再飛散・移動・付着」という一連の流れを見る必要があります。
人は、静止している状態でも粒子の発生源になります。皮膚、毛髪、衣服、呼気などから微細な粒子が放出されるためです。
身体を動かすと、さらに次のような変化が起こります。
つまり、「速く動くほど発塵する」という説明だけでは十分ではありません。速い動作は、粒子を発生させるだけでなく、もともと周囲に存在していた粒子を巻き上げ、別の場所へ運ぶ作用も強めます。
海外の実物大クリーンルームを使った研究では、前室から清浄区域へ人が入る際の粒子移動が調べられています。
この研究では、歩行速度を0.5 m/sと1.0 m/sに設定し、扉の開閉に伴って前室側の粒子が清浄区域へどの程度移動するかを比較しました。
比較的弱い扉間気流の条件では、歩行速度を0.5 m/sから1.0 m/sへ上げると、清浄区域側へ移動した粒子の割合が約1.9倍になりました。
ただし、この結果は、人体から新しく発生した粒子数が1.9倍になったという意味ではありません。人が速く移動することで気流の乱れが大きくなり、前室にあった粒子が清浄区域へ運ばれやすくなったことを示しています。
同じ研究では、扉を通過する清浄側からの気流を強くすると、歩行による粒子侵入が大幅に抑えられました。このことから、入退室時の汚染リスクは、歩行速度だけでなく、室間差圧、扉の開放時間、前室の清浄度、扉付近の気流などにも左右されることが分かります。 「ゆっくり歩く」という運用ルールは有効ですが、作業者の注意だけに依存するのではなく、設備側の気流管理と組み合わせることが重要です。
クリーンウェアを着用した作業者について、静止、腕の動作、膝の曲げ伸ばし、その場歩行などを比較した海外研究もあります。
その結果、粒子放出量は動作の種類や強さだけでなく、ウェアの素材、構造、滅菌の有無、洗浄履歴、下着との組み合わせによって大きく変わることが示されました。
特に、腕を大きく動かす、しゃがむ、立ち上がる、足踏みするといった動作では、衣服の広い範囲が変形します。生地同士の摩擦が増え、ウェア内部の空気も外へ押し出されるため、静止時より粒子が放出されやすくなります。
適切な素材と構造を持つ滅菌衣システムでは、動きの大きい条件でも粒子放出が大幅に抑えられたという結果も報告されています。条件によっては、衣服システムの違いにより、粒子放出率に10倍以上の差が見られました。
この結果は、「ゆっくり動けば、どのようなクリーンウェアでも同じ」というわけではないことを示しています。
動作を抑えることに加えて、次のような管理も必要です。
ウェアの性能が低下している場合、作業者が慎重に動いても十分な発塵抑制効果を得られない可能性があります。
半導体クリーンルームを想定した海外の数値解析では、移動する作業者を、粒子の発生源であると同時に、室内気流を変化させる物体としてモデル化しています。
解析では、作業者の最高移動速度を0.5、1.0、1.5 m/sの3段階に設定し、周辺の工程装置へ到達・蓄積する粒子数を比較しました。
速度が上がるにつれて、中央および側方に配置された装置の粒子蓄積数は増加しました。最高速度を0.5 m/sから1.5 m/sへ上げた条件では、報告値から計算すると、装置表面への粒子蓄積数は設置位置によって約1.5~2.1倍になっています。
これは数値解析による結果であり、すべてのクリーンルームで同じ倍率になるわけではありません。しかし、作業者が速く動くことで、人体周辺の気流が変化し、発生した粒子が離れた位置まで運ばれる可能性が高くなることを示しています。 室内全体の平均粒子濃度が基準内でも、製品の開放位置や装置上面などで局所的な粒子付着が増えることがあります。特に、一方向流を作業者が横切る配置や、装置と作業者の間隔が狭い環境では注意が必要です。
研究結果を見ると、動作速度や動作強度が上がるほど粒子汚染リスクも高まる傾向があります。
一方で、「速度を2倍にすれば、発塵量も必ず2倍になる」とは言えません。実際の影響は、次の要因によって変わります。
例えば、同じ歩行速度でも、扉付近の気流が十分に確保されていれば、隣接区域からの粒子侵入を抑えられる可能性があります。
反対に、動作自体は遅くても、前室の粒子濃度が高い、クリーンウェアの着用状態が悪い、製品の真上で腕を動かすといった条件が重なれば、汚染リスクは高くなります。 動作速度は重要な管理項目ですが、それだけを単独で管理するのではなく、ウェア、気流、動線、作業方法と合わせて考える必要があります。
クリーンルームでは、すべての作業を極端に遅くする必要はありません。重要なのは、急激で大きな動作を減らし、気流を乱さないことです。
特に避けたいのは、次のような動作です。
作業者の移動経路と製品の開放位置を分離し、一方向流を横切る回数を減らすことも有効です。工具や資材を使用順に配置すれば、作業中の移動や振り返りを少なくできます。 「ゆっくり動く」というルールを、単なる精神論ではなく、無駄な移動や大きな動作を減らす作業設計へ落とし込むことが大切です。
文献の数値は参考になりますが、実際の影響は施設ごとに異なります。自施設で評価する場合は、同じ作業を異なる速度で繰り返し、粒子濃度の変化を比較します。
例えば、次の3条件を設定します。
測定点は、室内の代表点だけでなく、製品開放位置、作業台上、作業者の下流側、扉付近にも設定します。作業人数、歩行距離、作業時間、扉の開放時間、ウェアの種類、換気条件はできるだけ統一します。 一時的に粒子数が上昇した場合は、最大値だけでなく、上昇が続いた時間や、作業終了後に元の状態へ戻るまでの回復時間も確認します。
海外研究では、歩行速度を0.5 m/sから1.0 m/sへ上げたとき、前室から清浄区域への粒子侵入割合が約1.9倍になった例があります。また、最高移動速度を0.5 m/sから1.5 m/sへ上げた数値解析では、装置表面への粒子蓄積数が、位置によって約1.5~2.1倍になりました。
ただし、これらは特定の実験・解析条件における結果です。「速度を何割落とせば発塵量を何割削減できる」と、すべての現場に共通する数字を示すことはできません。
それでも、急で大きな動作が、衣服からの粒子放出、床面粒子の再飛散、周囲気流の乱れ、重要区域への粒子移動を増加させることは、複数の研究で共通して示されています。
クリーンルームでゆっくり動く目的は、単に発塵量を減らすことだけではありません。粒子を巻き上げず、広げず、製品へ運ばないことにあります。
動作方法、ウェア管理、室内気流、作業動線、環境モニタリングを組み合わせて管理することが、安定した清浄度の維持につながります。
インテクノスでは、クリーンルーム運用における異物課題解決を幅広くサポートさせていただけます。ご関心をいただけましたらこちらからお気軽にご相談ください。
PPSビジネスユニット 齋藤 圭介





