
技術情報
2025.08.22
リチウムイオン電池は、高エネルギー密度、長寿命、低自己放電率などの特性から、スマートフォン、電気自動車(EV)、ストレージシステムなど多岐にわたる分野で利用されています。一方で、電池内部に「異物」が混入することで性能低下や安全性のリスクが生じることが国際的に問題視されています。本稿では、異物の種類、発生源、影響、そしてその対策などについて解説します。
1.1 主な異物の種類
リチウムイオン電池における異物とは、製造工程中に意図せずセル内部に混入する粒子状物質やその他汚染物質の総称です。代表的なものには以下があります。
・金属粒子(銅、鉄、ニッケル、アルミニウムなど): 高導電性を持ち、セル内で短絡の原因になります。
・非金属の粉塵や樹脂くず: 電極間に介在することで、電気的特性や電解質との反応性に影響を与えることがあります。
・人為的な汚染(皮脂、繊維、ゴミ):クリーンルーム管理が不十分な場合、作業者や資材から持ち込まれることがあります。
1.2 異物の発生源
異物は以下のような経路で電池内部に混入します。
・製造設備からの脱落粒子: 機械的摩耗や劣化によって、金属くずや潤滑油が飛散する可能性があります。
・空調設備からの漏洩: ドライルームやクリーンブースの密閉性が低いと、外気の粉塵や微粒子が侵入する恐れがあります。
・人為的要因:静電気で付着した繊維くず、衣服からの塵、作業器具の汚染など。
2.1 性能への影響
異物が混入すると、セルの性能に様々な悪影響が生じます。
・内部短絡(ショート): 金属粒子がセパレーターを貫通することで、セル内部で電気が意図せず流れ、発熱・容量低下が起こります。
・容量の不安定化: 電解液との反応によって異常なSEI(固体電解質界面)層が形成され、電気化学反応効率が落ちることがあります。
・抵抗の上昇: 異物が電極間で絶縁物として働いた場合、電流がスムーズに流れず出力が低下します。
2.2 安全性への影響
最も懸念されるのは、異物によって引き起こされる「熱暴走」です。
・局所的な発熱: 金属異物が部分的な短絡を起こすと、その部分が加熱され、熱が電池内部に蓄積されていきます。
・連鎖反応: 一つのセルで起きた熱暴走が隣接セルに伝播し、パック全体の火災や爆発を引き起こすケースがあります。
・分解ガスの発生 :加熱により、電解質やバインダーが分解し、有毒ガス(例:フッ化水素)が放出されることもあります。
リチウムイオン電池の製造や運用において、「水分(湿気)」の混入は、その他の異物同様に深刻な品質劣化や安全リスクをもたらす重要課題の一つです。
3.1 水分が引き起こす化学反応
リチウムイオン電池に使用される電解液は、一般に有機炭酸エステル系(カーボネート系)溶媒とリチウム塩(LiPF₆)で構成されています。水分がこの電解液に混入すると、以下のような化学反応が起こります。
主な反応例: LiPF6 + H2O → LiF + POF3 + HF
HF(フッ化水素)は強い腐食性を持ち、集電体(Al、Cu)やセパレータ、バインダーなどを化学的に劣化させます。
POF₃(リン酸フルオロオキシド)も刺激性・有毒ガスであり、密閉空間では安全リスクになります。
3.2 セル性能への影響
・内部抵抗の増大: LiPF₆の分解により生成された不純物がSEI膜の組成を乱し、リチウムイオンの移動効率を低下させます。
・容量劣化やサイクル寿命短縮: 水分により形成された副反応生成物が極板表面に堆積し、活性面積が減少します。
・ガス発生とセル膨張: 副反応により炭酸ガスなどが発生し、ラミネートパウチ型セルの膨張や破裂を引き起こすことがあります。
3.3 製造工程での管理の重要性
・乾燥工程の厳格化: 材料(電極、セパレータ)やセル自体は、含水率をppm単位以下にまで管理する必要があります。多くの製造工場では、露点-50℃以下のドライルームで組立作業が行われています。
・エア供給の除湿及び浄化: 空調ユニットの除湿能力が不十分な場合、結露や空気中の湿気が材料に吸着するリスクがあります。
・輸送及び保管時の吸湿: 一部の吸湿性の高い材料(例:バインダー、電解液など)は保管時の環境にも注意が必要であり、真空パックや乾燥剤とともに保管されます。
3.4 安全性への影響
・短絡の助長: 湿気の影響で形成された副生成物や析出物が、セパレーターを貫通して内部短絡の原因になることがあります。
・火災や爆発リスクの増加: 水と反応した電解液が有毒・可燃性ガスを発生させ、発火性が高まります。
・セル破裂やベント作動: ガス圧が一定以上に達すると、ラミネートパックや円筒セルのベント機構が作動し、内容物の飛散が発生します。
4.1 環境管理
・クリーンルームの使用: 製造環境をクラス1000以下に保つことで、空気中の粒子数を大幅に低減。必要な区画を要検討。
・高性能フィルターの導入: HEPAやULPAフィルターにより、微粒子(PM0.3など)の捕捉が可能。
・静電気管理: ESD(静電気放電)対策を行い、塵埃の付着・引き寄せを抑制。イオナイザーの設置は、方式や位置に要注意。
4.2 工程改善と設計対策
・部材の選定: セパレーターや集電体に耐突刺性・耐熱性の高い素材を選択。
・洗浄工程の徹底: 装置や材料の事前洗浄・検査を通じて異物の初期混入を最小化。
・封止及び組立工程の自動化: 人為的なミスや持ち込み異物を排除するための自動組立化。メンテナンスや避けられない人員作業については、追加対策が必須。
4.3 品質検査と異常検知技術
・X線検査装置: セル内部の金属異物を非破壊で検出可能。
・電気的インピーダンス測定: 内部抵抗の異常から潜在的な短絡部を推定。
・工程モニタリングセンサー: 製造ラインに粒子センサーやガスセンサーを設置し、リアルタイムで異物の存在を把握。
リチウムイオン電池はエネルギー社会の要ですが、異物混入による性能劣化や安全性リスクは、製造現場から廃棄過程に至るまで広範に存在しています。火災事故時の環境・健康被害も無視できません。今後は、異物の混入を根本的に防ぐための設計・製造技術の高度化に加え、火災時の毒性物質に対する規制や対応策の強化も重要となります。
高木 篤 / コンサルティングTOPチーム ― TOBIRA ―