
技術情報
2025.05.14
安全な飲料水の供給は、公共の健康を守る上で極めて重要です。世界各国では、法制度や技術的手法を駆使して、上水道の清浄度を確保するための取り組みが進められています。
本稿では、飲料水の汚染管理について、国際的なガイドラインや海外主要国の制度、最新の課題と対応策など世界の動向をお話しします。
WHOは、「飲料水水質ガイドライン(GDWQ)」を策定し、各国が自国の状況に応じて適用できるよう設計しています。このガイドラインでは、微生物、化学物質、放射性物質などによる汚染リスクを管理するための基準が提供されています。
中でも特に注目されるのが「水の安全計画(WPS:Water Safety Plan)」です。WSPは、水源から消費者の蛇口までのあらゆるプロセスにおけるリスクを評価し、管理するための包括的なアプローチです。これにより、従来の末端監視のみへの依存から予防的なリスク管理への転換が図られています。
アメリカでは、1974年に制定された「安全飲料水法(SDWA:Safe Drinking Water Act)」に基づき、環境保護庁(EPA)が飲料水の品質を規制しています。この法律により、90種類以上の汚染物質に対する最大許容濃度(MCL)が設定され、公共水道事業体には定期的な検査と報告が義務付けられています。
鉛と銅の規制強化(LCR):
EPAは、鉛と銅の濃度を制限する「LCR:Lead and Copper Rule」を1991年に導入しました。この規則は、配管の腐食による鉛や銅の溶出を防ぐため、水質の調整や配管材の管理を求めています。2024年には、鉛の行動レベルを15ppbから10ppbに引き下げる改正が行われ、2027年までの全国的な鉛管の交換が目標とされています。
有機フッ素化合物(PFAS)への対応:
PFAS(ペルフルオロアルキル物質)は、環境中で分解されにくく、健康への影響が懸念される化学物質です。EPAは、2024年にPFASの飲料水中の濃度を制限する初の法的規制を導入し、2029年までに全国の水道システムでの対応を求めています。この規制により、PFASの濃度をほぼゼロに近づけることが目指されています。
EUでは、2020年に「飲料水指令(Directive 2020/2184)」が改正され、2021年1月に施行されました。この改正により、飲料水の品質基準が強化され、新たな汚染物質への対応やリスクベースアプローチの導入が進められています。
リスクベースアプローチの導入:
改正指令では、以下の3つのリスク評価が求められています。
・水源地域のリスク評価:水源の汚染リスクを特定し、管理策を講じる。
・供給システムのリスク評価:取水、処理、貯水、配水の各段階でのリスクを評価し、監視体制を整備する。
・家庭内設備のリスク評価:鉛配管やレジオネラ菌など、家庭内のリスク要因を評価し、特に病院や学校などの優先施設での対策を強化する。
新たな汚染物質への対応:
改正指令では、内分泌かく乱物質やマイクロプラスチック、PFASなど新たな汚染物質への対応が強化されています。これらの物質は、ウォッチリストに追加され、監視と管理が求められています。
オーストラリアでは、国家保健医療研究評議会(NHMRC)が策定した「オーストラリア飲料水ガイドライン(ADWG)」に基づき、水質管理が行われています。このガイドラインは法的拘束力を持たないものの、各州や準州の水道事業体が遵守しており、リスクベースの管理手法が推奨されています。
ADWGでは、以下のようなリスク管理手法が採用されています。
・水源保護:水源地域の土地利用や活動を管理し、汚染リスクを低減する。
・マルチバリアアプローチ:取水、処理、配水の各段階で複数の防御策を講じる。
・モニタリングと監視:水質の継続的な監視とデータ分析を行い、異常を早期に検出する。
・緊急対応計画:異常時の対応手順を策定し、迅速な対応を可能にする。
カナダやニュージーランドでは、オーストラリアと同様に「マルチバリアアプローチ」が採用されています。この手法は、水源から消費者までの全工程で複数の防御策を講じることで、水質の安全性を確保するものです。
マルチバリアアプローチの主な要素は以下の通りです。
・水源保護:水源地域の汚染リスクを特定し、管理策を講じる。
・堅牢な水処理:複数の処理工程を組み合わせ、病原体や化学物質を除去する。
・安全な配水ネットワーク:配水システムの維持管理を行い、二次汚染を防ぐ。
・モニタリングプログラム:各段階での水質監視を行い、異常を早期に検出する。
・緊急対応計画:異常時の対応手順を策定し、迅速な対応を可能にする。
PFAS汚染への対応:
PFASは、環境中で分解されにくく、健康への影響が懸念される化学物質です。アメリカでは、EPAがPFASの規制を強化し、2029年までに特定のPFASの濃度を制限する方針を示しています。一方、ヨーロッパでもPFASによる水質汚染が報告されており、特にトリフルオロ酢酸(TFA)などの未規制のPFASが問題となっています。
飲料水の汚染は、人々の健やかな生活を阻害するリスクであり、各国で整備が進む法規制への準拠と共に、供給網におけるプロアクティブな管理の実施が望まれます。産業の発展に伴って新たに報告されている汚染物質への対応を含め、先進する欧米諸国の考え方への注目とそれを取り入れた管理への関心は、これからの安全と安心のために、一層高まっていくことでしょう。
高木 篤 / コンサルティングTOPチーム ― TOBIRA ―