
技術情報
2025.09.12
燃料は航空機の運航に不可欠な要素であり、飛行の安全性は燃料の品質に大きく依存しています。燃料中に微量であっても汚染物質が混入すると、正常なエンジン作動が阻害される恐れがあり、運航安全に深刻なリスクをもたらします。航空機整備士は、燃料の清浄度および健全な状態を維持し、長期にわたり燃料系統の信頼性を確保する役割を担っています。
燃料の汚染には複数の形態があり、それぞれの要因が異なります。航空事業者は汚染の要因を特定し、適切な管理・除去を行うことによってリスクを低減します。燃料の汚染は、タンクの腐食、フィルターの目詰まり、計装系の機能不全、その他様々な要因に起因します。そのため、早期の検知がさらなる汚染の進行を防止し、燃料系統や推進システムを損傷から保護することにつながります。
本稿では、航空燃料における汚染の形態とその抑止策、そして将来的なリスクについて解説します。
燃料中に混入した水分を媒体として、特定の細菌や真菌類が繁殖し、燃料成分に対して代謝活動を行うことにより発生します。いわゆる「ディーゼルバグ(Diesel Bug)」と呼ばれる現象であり、200種以上の細菌・カビ・酵母が燃料汚染の原因となり得ます。微生物代謝の副生成物として発生するスラッジは、アルミニウム合金や炭素鋼製のタンク内面を腐食させ、さらには合成ゴム製の燃料系統部品を劣化させます。
対策としては、燃料中の遊離水分や懸濁水分を排除し、微生物の繁殖環境を根絶することが重要です。また、バイオサイド剤を添加することで微生物の増殖を抑制し、二次汚染を防止することができます。これらの管理が行われない場合、副生成物によるフィルターエレメントの劣化や腐食性損傷が進行します。
燃料は吸湿性を有するため、大気中の湿度や結露によって水分が燃料に混入します。水分は微生物繁殖の温床となるほか、相分離(Phase Separation)やアイスクリスタル生成などを引き起こし、燃焼効率を低下させます。燃料中の水分は懸濁状態(エマルジョン)や遊離水として存在し、特に低温環境では析出が顕著となります。
水分を長期間残置すれば、微生物汚染の進行を加速させるため、定期的なドレイン排水や水分管理が必須です。
燃料系統への粉塵、砂塵、金属摩耗粉、油泥などの異物混入による汚染です。航空機は格納庫滞留時から飛行時まで、常に異物混入のリスクに晒されています。燃料フィルターおよびストレーナーは異物の捕捉機能を担いますが、過剰な混入はフィルターの目詰まりやバイパス弁の作動を誘発し、燃料供給不足やエンジン損傷を招く恐れがあります。
対策として、定期的な燃料のサンプリング・濾過・フィルター点検が不可欠です。また、整備作業中には燃料配管や開放系統を確実にシールし、異物侵入を防止することが求められます。
燃料中の固形粒子汚染の監視においては、弊社パーティクルカウンタをご採用いただいております。
近年の工業化・燃焼技術の進展、環境要因の変化、そしてナノテクノロジーの普及に伴い、ナノ粒子由来の新たな汚染リスクが注目されつつあります。
ナノ粒子による燃料系統汚染
燃焼過程や大気由来のナノ粒子(例:燃焼副生成物、都市大気汚染粒子)が燃料供給系に混入することで、従来のフィルタリング機構では除去しきれない可能性があります。ナノサイズのためフィルターを通過し、大量に混入した場合には、燃料ポンプや噴射系統の摩耗や機能不全を誘発する懸念があります。
ナノ粒子の化学的相互作用
金属酸化物やカーボン系ナノ粒子は、燃料中の炭化水素と反応して酸化促進やラジカル生成を引き起こす可能性があります。これにより、燃料の安定性が低下し、酸化生成物や沈殿の増加による二次汚染が生じ得ます。
ナノ粒子による微生物汚染の複合リスク
一部のナノ粒子は微生物の代謝に影響を与え、微生物汚染の進行を加速または変化させる可能性があります。例えば、特定のナノ粒子は微生物の代謝基質となり、スラッジ生成や腐食促進を強めることが懸念されます。
健康・整備作業者への影響
航空燃料の取り扱いや整備工程において、ナノ粒子を含む燃料ミストや蒸気が作業者に曝露するリスクがあります。ナノ粒子は肺に沈着しやすく、循環・神経系を介して全身に移行しうるため、長期的な健康影響(呼吸器疾患、酸化ストレス関連疾患など)が課題となります。
また、その他の将来的なリスクとして、導入が進んでいるバイオジェット燃料の精製過程での汚染物質の生成や、それらが航空機の性能や環境に与える影響についての議論があります。
航空燃料の品質は航空機運航の安全を左右し、わずかな汚染でも重大なリスクとなります。微生物、水分、固形粒子などの代表的な汚染要因に対しては、排水・濾過・バイオサイド添加などによる管理が不可欠です。また、近年ではナノ粒子や燃料の精製過程における汚染も大きな課題となりつつあります。今後は監視技術の高度化と汚染抑止策のさらなる強化により、燃料系統の信頼性と航空安全を維持していくことが求められます。
齋藤圭介 / PPSビジネスユニット